タキタロウ

山奥深く”怪魚の住み家”


読売新聞 2000年8月9日より
大鳥池 

戦国しのばす尾根の軍道

 登山道を歩くこと三時間。鬱蒼とした森を抜けると、鏡のような湖面が見えてきた。怪魚「タキタロウ」が潜むと言われる大鳥池だ。付近の標高は千メートル近く、周囲約3キロの湖の深さは、最高で68メートルある。伝説では、怪魚は暗雲を呼ぴ、嵐を巻き起こす力を持つという。この日は、曇り空ではあったが、時おり雨が落ちてくる程度。あたりは静寂に包まれていた。
 目撃情報は、96年を最後にパタリと止まっている。「もう、そろそろ」。そんな思いを抱く人も多いのだろう。道中、釣り人と何度も行き会った。
 「昔、ここを米沢の上杉軍が行き来していた」。山小屋で、居合わせた山男が話してくれた。戦国特代、尾根伝いに切り開いた「朝日軍道」があったという。上杉家が、領地だった庄内と置賜を結ぶ連絡路として建設した道。地元に残る言い伝えでは、幅9尺(2.7メートル)で、長井市草岡まで約60キロもつづいていた。
 山男の話では、大鳥池の南側の以東岳から大朝日岳の方向を眺めると、登山道の左側に稲妻のようにジグザグになった道の跡がはっきり見えるという。
 雲の上を通るこの軍道が最後に使われたのは、1600年(慶長五)の出羽合戦の時。上杉兵が往来し、敗れた庄内勢が落ち延ぴる逃げ道にもなった。 「道の跡を見るたびに、兵士たちの叫ぴ声が聞こえるような気がする」と山男。江戸時代の文献にも登場するタキタロウは、当時も池を悠々と泳いでいたに違いない。

森の木立の間から姿を現した大鳥池。
朝日軍道は池の右側の尾根を通っている


(2000.8.9 読売新聞記事より)


                                    
更新日2000年8月15日